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五六年、エジプトのナセル大統領によるスエズ運河国有化宣言に対して、イギリスはフランス、イスラエルを誘ってスエズに出兵する軍事干渉を試みたことがある。
ここではアメリカの間接投資が、意外な政治的パワーを発揮している。
このときアメリカは干渉に強硬に反対し、イギリスが応じなければ保有する英国債を売却すると警告した。
英仏の行為は時代の変化を読みそこなった帝国主義の残浮にすぎなかったろうが、アメリカにとっては、軍事力のみならずマネー・パワーもまた、国際的政治力を発揮するための有効な手段となり得ることを確認する、またとない機会となった。
鎖を断った基軸通貨しかしながら'債権大国アメリカの覇権も長くは続かなかった。
六〇年代に入ると'早くちアメリカからの資本流出が、逆にドル不安を招くといった現象も発生し、ケネディ大統領によってドル防衛策が打ち出される。
さらに六〇年代後半にかけては、アメリカの貿易収支が黒字幅を狭め、七一年には戦後はじめて貿易赤字を記録するにいたる。
七一年八月、ニクソン大統領は「新経済政策」を発表して、世界経済に衝撃を与える。
いわゆるニクソン・ショックである。
この新経済政策のマネー戦略としてのポイントは、金・ドルの交換を停止したことで、これ以後、ドルは金の束縛から逃れ、その価値の変動が世界経済を混乱させる独特の基軸通貨となった。
イギリスのマネー覇権時代、多くの国で通貨が金とリンクする金本位制が採用されていたことはよく知られている。
紙幣の一枚一枚に一定量の金と交換する国家の保証が明記されていた「党換紙幣」を、年輩の読者はあるいはご記憶かもしれない。
金本位制を採用している国では、国際収支が悪化すると、その国の通貨が弱くなって、金が海外に流出する。
金の取引は完全な自由市場において行われていたから、金はより強い通貨の国で売られるのである。
すると必然的にその国の通貨の流通量も減ってくるため、デフレになって物価が下落する。
物価が下落すれば国際競争力が増大し、国際収支は改善される。
すると今度は、国際収支の改善一通貨価値の増大一金保有量の増大一通貨供給量の増加一製品価格の上昇一国際収支の悪化という逆向きの動きが生じ、こうしたサイクルのなかで、自動的に国際均衡が達成され、通貨の固定相場制が維持されることになる。
これに対して戦後のブレトンウッズ体制では、「金ドル本位制」と呼ばれる変則的な金本位制が採用されている。
これは、アメリカの圧倒的な経済力、金の保有量を前提に成立した制度である。
「金ドル本位制」のもとでは、アメリカは、各国の中央銀行に対して、その保有するドルを、求めに応じて金と交換する義務を負う。
すなわち、最終的には、アメリカは、自国および世界に散布されたドルに見合った金を保有していなければならない。
ドルが金とリンクし、各国通貨がドルにリンクすることで、辛くも為替の固定相場制が維持されることになったのである。
余談になるが、一九六〇年代、フランスのドゴール大統領は、フランスの保有するドルを一挙に金と交換するようアメリカに求めたことがある。
アメリカに対するドゴールの嫌がらせとしてよく知られた事件である。
アメリカは応じざるを得なかったが、これでアメリカの金保有の底が見えたともいわれている。
苦闘するパクス・アメリカーナさて、ニクソン大統領が、金とドルの交換を今後はいっさい行わないと通告したため、世界経済は大混乱に陥った。
日本についていえば、ドゴール大統領のフランスと違って、保有ドルの金との交換を手控えていたためにへそのダメージも大きかった。
ドルが、金という価値基準の裏付けを失ったため、各国通貨もまたドルを介して金と結びつくことができなくなり、スミソニアン体制という固定相場制への試みがわずかな期間で挫折すると、世界の通貨はたちまち変動相場に移行していった。
ドルも、もはや制度上は特別の通貨ではなかった。
ただ、ドルに代わる基軸通貨が誕生することもなかったので、その後もいわば不安定な国際通貨として相対的な信認を受け続けた。
少し先回りして付け加えると、そのドルに対して、あたかも金ドル本位制が健在であるかのようにつき合ってしまったのが、八〇年代の「円」であった。
もっとも、七〇年代は、ある意味でドルの価値の不安定さが露呈することなく過ぎていったともいえるだろう。
七三年には、石油危機が世界を襲ったが、アメリカは石油消費量の半分を国産でまかなっていた。
産油国通貨だからドルは強い、と、外為市場はアメリカ経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)よりもそのことを評価した。
また、ドルは「有事に強い」通貨としても評価され、相対的に上昇さえ見せていた。
ところが、ドル相場が安定していたのは七六年までで、七〇年代後半には、アメリカの経常収支の趨勢的な悪化が顕在化し、政府当局者の口先介入を契機に、ドルはたちまち下がり始める。
その間、アメリカは、ついにベトナムで建国以来はじめての敗戦を体験。
七九年にはイラン革命が発生し、これが第二次石油ショックとなって国際経済を揺るがすが、特にアメリカにとっては、在イラン大使館人質事件という悪夢と重なり、政治的威信を傷つけることになった。
さらにソ連によるアフガニスタン侵攻で、アメリカは冷戦下における西側の盟主として政治的対応をも迫られた。
金ドル本位制の放棄に始まる七〇年代は、基軸通貨のドルにとっても波乱の十年間であったが、アメリカは政治的にもパクス・アメリカーナの維持再編に汲々としていたといってよい。
「強いアメリカ」を掲げる共和党のロナルド・レーガンが、八〇年代の大統領として選ばれたのは、こうした背景のもとにおいてであった。
たちまち債務国にアメリカのマネー経済は、レーガン政権の下で急激な変貌を遂げる。
パクス・アメリカーナの安定期である五〇年代から六〇年代にかけて、世界の資本市場では、アメリカを中心としたビクトリア循環のミニチュア版とでもいうべき資本の流れが観察されたが、八〇年代にはこの資本の流れが大きくねじれ、やがて覇権国のマネーのふるまいとは似ても似つかぬ姿に変質する。
その結果姿を現した新しい資本循環の回路に、いつの間にか組み入れられていたのが日本であった。
アメリカのマネー・パワーの減衰は、八〇年代に入ると顕著となった。
経常収支は八三年から赤字の拡大が目立ち、これを埋めるため、海外からの投資が盛んに行われ、アメリカは、海外からの投資額が同じ時期の対外投資額を上回る、資本の純輸入国になった。
海外からの投資は、当初はもっぱら直接投資が主役であった。
八〇年代前半、ドル高であったにもかかわらず、アメリカ多国籍企業による対外直接投資の増勢は弱く、逆に対米直接投資の方は日本からをはじめとして急速に伸びへアメリカは、直接投資のフローで、たちまち大幅な受入超過となってしまった。
すでに述べたように、一般に、経常赤字の国は赤字を埋めるための資本の流入を必要とする。
それは直接投資を含めて広い意味の負債を増加させるので、フローの受入超過が続くと'ストック面においても対外純資産、つまり「貯金」がその分だけ減ることになる。
これが続くといずれ「貯金」を使い果たし、その後は対外純債務だけが累積することになる。
アメリカの場合、対外純資産が規模的に最大になったのは八一年の一四〇〇億ドルであった。
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